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最高裁判所第二小法廷 昭和44年(オ)793号 判決 1970年10月09日

上告人

田中シゲノ

代理人

市原庄八

被上告人

田静

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告代理人市原庄八の上告理由について。

検察官の起訴猶予処分が、民訴法四二〇条二項後段にいう有罪の確定判決をえられない場合に含まれることは、既に当裁判所の判例とするところである(最高裁判所昭和四〇年(オ)第四二三号同四一年九月六日第三小法廷判決、民集二〇巻七号一三〇五頁参照)。しかして、同条二項が、同条一項四号ないし七号所定の事由をもつてする再審の訴について、有罪の確定判決等同項所定の事実の存在することを要する旨規定しているゆえんは、そのような再審の訴を、再審事由の存在する蓋然性が顕著な場合に限定することによつて、濫訴の弊を防止しようとするにあると解せられるから、右の場合に、同条二項所定の要件を欠くときは、再審の訴自体が不適法となり、同条一項四号ないし七号所定の再審事由自体については、その有無の判断に立ち入るまでもなく、右訴は却下を免れないものといわなければならない。そして、また、同条項の趣旨を右のように解するならば、いやしくも、そのような事実の存在する以上、再審裁判所は、その判決または処分の判断内容については、その当否を問うことなく、再審の訴は右適法要件を具備したものとして、さらに、一項四号ないし七号所定の再審事由について審理判断をすべきものというべきである。しかしながら、再審の訴が、一たん右適法要件を具備した以上は、再審裁判所は、主張された再審事由の存否を判断するについては、右有罪判決または起訴猶予処分等の判断に拘束されるものではないから、その存在の存否については、独自の審理判断を妨げられるものではない。

ところで、本件についてこれをみるに、原審の確定するところによれば、本件再審の対象とされた確定判決の基礎となつた所論証言について、起訴猶予処分があつたというのであるから、上告人の本件再審の訴は、同条二項の適法要件を具備しているものというべきであるが、さらに進んで、右証言が虚偽であるか否かについては、原審は、右起訴猶予処分に拘束されることなく、独自の判断によつてこれを認定しうるものというべきである。

しかして、右証言が偽証ではなく、また所論書証の記載が虚偽とはいえないとする原審の認定判断は、原判決挙示の証拠に照らして肯認しうるから、上告人の本訴再審請求は、結局、失当として排斥を免れないものといわなければなちない。原判決の判示するところも、その趣旨は、結局右と同一であつて、その判断の正当なことは右に説示したとおりである。しからば、原判決に所論の違法はなく、所論は、ひつきよう、原判決を正解せず、独自の見解にたつてこれを非難するに帰し、採用することができない。

よつて、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員の一致で、主文のとおり判決する。(草鹿浅之介 城戸芳彦 色川幸太郎 村上朝一)

上告代理人の上告理由

第一点 原判決は其理由に齟齬があるか又は理由不備の違法がある判決である。

即ち原判決の理由中次に成立に争のない新甲第三号証同第四号証の一ないし四証人楠原嘉影の証言によれば再審原告は昭和三八年九月一二日高松地方検察庁観音寺支部に対し偽証罪の容疑で藤田小次六を告訴したところ同庁検察官は犯罪の嫌疑あることを認めながら右藤田小次六の病状が重いこと等を理由とし同年一一月六日付で起訴猶予の処分にし昭和三九年三月九日頃告訴人である再審原告にその旨通知したことが認められ右認定に反する証拠はない。そして検察官が犯罪の嫌疑あることを認めながら起訴猶予処分にした場合の如きは民事訴訟法第四二〇条二項にいわゆる「罰スヘキ行為ニ付……証拠欠缺外ノ理由ニ因リ有罪ノ確定判決……ヲ得ルコト能ハサルトキ」に該当する、再審被告は本件の場合はあまりにも粗雑な捜査と貧弱な証拠に基づいてした起訴猶予処分であるから右法文にいう有罪の確定判決を得ること能わざる場合に該当しないと主張するけれども一般に起訴猶予処分がなされた場合が右の有罪の確定判決を得ること能わざる場合に該当するとされる所以は有罪の証拠が十分存在していて不起訴となつたからではなく検察官が一旦起訴猶予の処分にした以上たやすく起訴は望み得ず従つて有罪の確定判決も得られないからであり客観的にみて捜査が十全であつたかどうかあるいは偽証の証拠が十分であつたかどうかは直接関係がない事柄であるから再審被告の主張は失当である。しかのみならず証人藤田素行の証言によると右藤田小次六は起訴猶予の処分後間がない昭和三八年一二月一四日死亡したことが認められ同人に対する有罪判決はこれを得ることができないことに確定したというべきであるから本件の訴が適法であることは明らかである、としている。

更にさてそこで控訴判決の証拠となつた甲第一、二号証が虚偽の日付を記載した文書であるかどうか証人藤田小次六の前記証言が偽証であるかについて検討する。

証人藤田素行の証言により成立を認め得る新甲第一号証の一証人藤田素行、同近藤和節、同村上三郎の各証言により成立を認め得る同第二号証成立に争のない同第四号証の四、証人藤田素行、同近藤和節、同村上三郎、同楠原嘉影、同藤田久江(第一、二回)の各証言を総合すると次のとおり認められる。

(1) 藤田小次六は昭和三八年四月一九日頃訴外藤田素行(医師)の経営する観音寺市の富士病院で病気療養中であつたが次のような内容の書面を自署し(新甲第一号証の一)、これを右藤田素行に渡した。

「別紙証書昭和廿二年八月十一日付拙者ヨリ田シヅニ代金壱万五千円ニテ売却シタル新居郡多喜浜大字黒島中町143144145146147148149150以上七筆ノ土地面積百八十九坪ハ事実ハ昭和三十年ニ売却シタルモノナルモ買主ノ要望ニヨリ前記昭和二十二年八月十一日付証書トシマシタ右相違ゴザイマセン昭和卅八年四月十九日藤田小次六」

(2) 更に同人は同年四月二八日右富士医院を訪れた訴外弁護士村上三郎の面前で右新甲第一号証の一の書面が自己の意思に基づいた書面であることを認めたが病気のため手がふるえて字を書くことが相当困難であつた。そこで右藤田素行の従兄にあたる訴外近藤和節が右新甲第一号証の一と全く同一内容を別の書面に代書し(ただし表題として「証明書」と記載し日附は「昭和卅八年四月廿八日」と記載)読み聞かせたところ小次六はこれを承認して署名指印した。村上弁護士はそのあとへ、「右書面の趣旨は本人の真意に出たものであることを本人は認めた。右同日立会人弁護士村上三郎」と奥書して捺印した。(新乙第二号証)

(3) 高松地方検察庁観音寺支部検察官楠原嘉影が同年一〇月三日取調のため右富士医院へ出張し病臥中の藤田小次六に対し右新甲第二号証を示してこの内容は間違いないかと尋ねたところ同人は相当衰弱していたがその質問を肯定する態度を示し細い声で相違がない旨の返事をした。

なお小次六の声は聞きとりにくかつたので平素同人の声を聞きつけている藤田素行が通訳するような形で返事を検察官に伝えた。

右のような状態であつたから検察官は調書の署名捺印をさせず短時間の取調でひきあげた。

以上のとおり認めることができ証人藤田久江(第一回)合田シヅエの各証言中右認定に反する部分は信用し難くほかに右認定に反する証拠はない、と認定しているのである。

即ち右に依れば小次六の証言に付きては再審前の判決に於て之れを採証しているとし原審は右小次六の証言は偽証であると判断しながら其の後の判断で再審原告の主張を排斥しているのは明らかに判決の理由に齟齬あるものであり理由に不備あり或は理由を付さない判決である。

第二点 原判決は其全文を通し再審前の判決を維持せんが為種々の理由を付し再審原告の請求を排斥したるの感あり従つて其理由に不備あり理由なき場合あり証拠其他取捨の取違い審理を尽さざる点等多々不法の点ある判決であり更に矛盾ある判決であるから御庁に於て充分検討せられたい。

右何れの点より見るも原判決は法律に違背したる判決であり憲法違反であるから原判決を破棄せられ度い次第である。

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